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Home > バックナンバー > 2008.3.8 3面
 
 
【3面】
 
在日ブラジル人に助力 安田華子 巡査部長
 
  四日市南署地域課地域係主任の安田華子巡査部長(30)は、配属されて1年になった。ポルトガル語の語学力を生かした積極的な仕事ぶりで、在日ブラジル人からだけでなく、同僚らからも大きな信頼を集めている。
  安田さんの勤務する同市室山町の四郷交番は、在日ブラジル人約3000人が居住する笹川団地が管内にあり、ポルトガル語が不可欠の職場。毎月発行している「交番だより」のポルトガル語版を作ったり、各種の連絡や啓発文の翻訳にも当たる。
  自分が不在の時に同僚らが対応に困らないように、質問内容を日本語とポルトガル語で併記した「指差し表」も作った。
  サッカー選手への憧れからポルトガル語を習い始めた安田さんだが、最初は「親切で心の優しいブラジル人」の印象と現実との差異に驚くことも多かった。だが知人に「悪いことを正すのが仕事。人でなく、罪を判断すればよい」と指摘され、ふっ切れた。
  時には「あなたの行為で多くの在日ブラジル人が傷つく。あなたにそんな権利はない」と厳しく諭す。服役中のブラジル人から「あなたの言ったことが、最近ようやく分かった」と手紙をもらい、自信を深めた。
  ブラジル人たちからは「フェルナンダ」という愛称で呼ばれ、他県からも相談が寄せられるようになり、安田さんの使命感をさらに燃え上がらせている。
故郷の味を伝える 台湾出身の長田英里さん
 
  四日市市下之宮町の長田英里さん(55才)は、台湾料理店を営み、故郷の味を伝えようとがんばる帰化日本人だ。
  長田さんは27年前に日本人の夫と結婚して来日。当初は日本語がまったく分からず、一日中テレビで時代劇や漫画を繰り返して見るなど苦心して覚えた。
  子どもが小学生になって時間ができてから、何か自分を生かす道はないかと考え、台湾料理店を開くことにした。
  故郷から調理師の親族に来てもらい、一から料理を習った。化学調味料を使わず手間暇惜しまず作る。台湾料理の神髄を極めようと、定休日にも店に出て勉強した。
  何事にも手抜きやごまかしはしないという正直な長田さんの人柄に惹かれてか、店は台湾出身者らが集まるサロンになった。
  日本に来てから風習や認識の違いで戸惑うこともあったが、「今は、国や言語、文化や宗教が違っても、根っこは同じなので、どこに住んでもやっていける自信ができた」。
  店を託したかった二人の子どもはそれぞれの道を歩み始めている。長田さんは「この味を守るため身体が動く限りがんばる」と笑顔で語った。
短詩45編で綴る人生 喜寿記念の冊子 太田安一さん
 
  このほど喜寿を迎えた四日市市羽津山町の太田安一さん(77)は、物心のついたころからこれまでの人生を45編の短詩にまとめた記念冊子「喜寿の流れ星」を作り、友人知人に配っている。昭和初期の風景や風習、戦争体験などがやさしく詠まれていて、年配の人には懐かしく、若い人たちには珍しがられている。
  「昭和ひとけたに生を受け 生まれた時世は大不況 それでもオトウやオッカアは 可愛いといって育ててくれた 親の恩の尊さよ」から始まり、戦争でひもじい思いをした小学生時代、空襲警報や終戦の玉音放送などを回顧。戦後の闇市、伊勢湾台風、宇宙開発、バブル経済の破綻などと続き、君が代日の丸の法制化など最近の世相にも触れ、「60代の訃報はチト早い 70代の訃報はまあまあや 80代の訃報は良かったな 90代の訃報はおめでたヤ 長生きしましょう白寿まで」と結んでいる。
  太田さんは、いなべ市生まれ。四日市市内の電機会社に定年まで勤めた。2月に2年間の市民大学熟年クラスを修了した。「若いころから読み書きは好きだったが、しょうもないもん作ってしまった」と、照れくさそう。
 
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