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| ▲掲額レプリカを手にする鎌田さん=四日市市三滝台公会所で |
四日市市三滝台・元全日本選手 鎌田さん
四日市市三滝台、元全日本サッカー選手鎌田光夫さん(69)が、日本サッカー界に顕著な貢献があったとして「日本サッカー殿堂」入りを果たし、このほど東京・御茶ノ水の日本サッカーミュージアム内に讃額が掲げられた。
これまでに殿堂入りしたのは四十二人、県内では初の快挙だ。鎌田さんは「ただただ感激。今まで支え応援してくれた、全ての人のおかげと感謝しています」と話す。
鎌田さんは茨城県出身。高校1年からサッカーを始め、中央大在学中の1958年に日本代表に初選出された。
64年東京、68年メキシコの両オリンピックに出場し、ディフェンダーとして活躍、メキシコでは銅メダルを獲得した。現役引退後は、監督として古河電工を率い、76年にはJSL1部優勝に導き、天皇杯も獲得した。
81年には大協石油(現コスモ石油)監督として招かれ、四日市に移り住んだ。物静かで穏やかな人柄なので、近所の人たちも鎌田さんのこれまでの功績をあまり知らなかったが、防犯パトロール隊の活動に積極的に参加するなど、すっかり地域にとけ込んでいる。
鎌田さんは「私は今でも現役選手ですよ」と笑う。県サッカー協会顧問やJリーグ審判委員を務めるかたわら、シニアの「四日市フットボールクラブ」の会長兼監督兼選手をしている。年に5、6回ある大会に向けて練習を続けている。
「ボールにたくさん触れかわいがってやれば、きっとボールはいうことを聞いてくれる。夢に向かって一歩ずつ努力してほしい、努力は必ず実るから」と、鎌田さんはサッカー愛好者たちにエールを送っている。 |