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新たな日露交流の拠点に大黒屋光太夫記念館が開館
出身地の鈴鹿市若松中 |
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江戸時代ロシアに漂流し、日本人で初めてロシアを見て帰国した大黒屋光太夫の記念館が、出生地の鈴鹿市若松中に13日開館した。新たな日露の交流の拠点としても注目を集めている。
これまで光太夫の資料は同市立若松小学校の国際理解教室内にある「大黒屋光太夫資料室」に展示されていた。市民からの「記念館がほしい」との声や、資料の保存設備の問題から記念館が新設された。今回の開館にあたり新たに資料の収集や調査も行われた。
所蔵品にはラクスマン一行と光太夫らの帰国の様子が描かれた『漂流人帰国松前堅之図・異国人相形図』など貴重な資料もある。また今回の資料調査から、帰国後の光太夫は江戸に軟禁され寂しい生涯を送ったイメージが強いが、大槻玄沢などの蘭学者との交流もあり比較的自由であったのではないかということも分かった。新たな資料として晩年の「光太夫の墨書」が白子の旧家から発見されるなど、晩年まで故郷と関わりを持っていたことも分かった。
同館は鉄骨造り平屋建て158平方~の白壁土蔵作りの落ち着いた建物。展示室では海が近いので塩害を防ぐ技術なども取り入れられている。入り口付近には光太夫の銅像が立ち来館者を出迎えてくれる。初めに光太夫の足跡がパネルで紹介され、資料室では展示できなかった大きな資料も展示できるケースが揃っている。1回に40点ほど展示し、リピーターにも対応できるよう展示物も変えていく予定。
同市文化課文化財グループの学芸員・代田美里さんは「漂流や幽閉のイメージが強いが、国際交流の先駆者としての光太夫を見て、異文化理解の姿勢を参考にしてほしい」と話している。
同館では開館を記念し、第1回特別展「大黒屋光太夫とふるさと・魯斉亜(ろしいあ)・日本」を開催中。12月18日まで。同展ではラクスマン一行と光太夫を描いた「漂流人帰国松前堅之図」などを展示し、ふるさとから出発し、ロシアそして再び日本へと光太夫の足跡をたどる。
大黒屋光太夫は宝暦元年(1751年)伊勢国南若松村(現鈴鹿市)で生まれ、白子で伊勢と江戸を行き来する船の船頭として働いていた。天明2年(1782年)、江戸へ出航した光太夫は途中暴風雨に遭い漂流。ロシアとアラスカの間に位置するアリューシャン列島の孤島・アムチトカ島に漂着した。その後、カムチャッカ半島、シベリアのイルクーツクと移動した。
フィンランド出身の植物学者キリル=ラクスマンの助言によりロシアの首都ペテルブルグに行き、女帝エカテリーナ2世に謁見することに成功。女帝はキリル=ラクスマンの息子・アダム=ラクスマンを通商要求のための遣日大使の任を与え、光太夫らと共に日本に行くよう命じた。
寛政4年(1792)年帰国した光太夫に待っていたのは江戸での取調べ。当時、海外から入ってくる情報は長崎からの間接的なものが多く、光太夫のような直接的な海外体験は貴重な資料だった。その後、光太夫は「軟禁」され江戸で生涯を終えた。
同館の開館時間は午前10時から午後4時まで。休館日は月曜・金曜と第3火曜日。入館無料。
問い合わせは同館=0593(85)3797=まで。
ホームページはhttp://www.edu.city.suzuka.mie.jp/kodayu/
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かわいいミニチュア人形が勢ぞろい 30日まで「蟻のくまの詣」展
伊勢市二見町の賓日館 |
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NPO法人二見浦・賓日館の会は30日まで、ミニチュア人形による「蟻のくまの詣」展を同館内で開催中。かわいらしい人形の数々が訪れる人を楽しませている。
同展は鈴鹿市の人形作家南部美智代さんが、熊野市の市民グループと交流があったことから実現。ミニチュア人形による「蟻のくまの詣、再現、1000体プロジェクト」を掲げ制作を開始。今までに出来上がった約300体を展示した。
タンスの中で眠っていた着物などの古布を使用し人形を制作。背景となる山なども不要となったクリスマスツリーや発泡スチロールを使用し、峠の道や石畳などを作り上げている。
古道のなりわいや「蟻のくまの詣」に思いを寄せながら作った作品の数々。ひとつひとつの人形には手作り感がいっぱい詰まっており、捨てられてしまうものや不要なものが見事なまでにかわいらしいミニチュア人形としてよみがえっている。訪れた人の中には、人形に触れながら思わず声に出して「かわいいね」といってしまう人も。
入館料は大人300円、小人150円。休館日は火曜日。問い合わせは同会事務局=電話0596(43)2003=まで。 |
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