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Home >バックナンバー > 20057.14> 2面
 
※掲載内容は取材時によるものです。詳細は各施設、店舗にお問い合せ下さい。

【2面】

郷里の文化向上に活用へ        
故森谷画伯の遺作222点       
遺族が出身地の安濃町に寄贈 


  昨秋、心不全のため87歳で亡くなった三重県洋画協会の初代会長・森谷重夫画伯の遺作222点が先月末、遺族から出身地の安濃町に寄贈された。遺作は森谷画伯が得意とした婦人像の大作「鏡の前」(100号)などのコレクションで、目録を受け取った海野武司町長は「偉大な画伯の秀作を大事に保管し、広く町民に開示して町の文化向上に役立てたい」と活用を約束。また「建設中の中央公民館に飾る準備もしたい」と町の文化行政の起点にとする考えも明らかにした。
  寄贈作品は20号から100号までの油絵。「裸婦」「横たわる」「椅子による」「黒い服」「想う」「緑のサリー」「二人」「青いドレス」「チャイナドレスの女」など婦人像が中心。どの作品も森谷画伯の魂が込められた力作ばかりだ。
  贈呈式は先月26日、県総合文化センターのギャラリーで開かれていた「三重県洋画協会展」の会場で、それも展示中の森谷画伯の作品前で開かれた。遺族を代表して森谷画伯の三女の夫・長谷川雅敏さんが、海野町長に目録を手渡した=写真。長谷川さんは「出身地の安濃町に作品を贈ることができ、義父も心より喜んでいると思います」と、遺作の前でしみじみと語っていた。

  森谷画伯は大正6年、安濃町妙法寺に生まれる。東京美術学校(東京芸大)の油絵科に進み藤島教室を昭和17年に主席で卒業。以来、活発な絵画活動を展開し白日賞受賞、日展入選、白日会会員推挙、三重県教育文化功労賞受賞、白日会中澤賞受賞、第21会日展特選、勲五等瑞宝章受章、三重県民功労賞受賞、紺綬褒章受章など輝かしい画歴を誇っている。

 
一足早く夏祭り       
津市の國魂神社

津市西古河町の國魂(くにたま)神社で2日午後6時から、夏まつりが開催され、時折小雨が降る天候の中、大勢の人で賑わった。
  同祭は3年前から行われており、地元の自治会・老人会、婦人会、子ども会が地域の活性化を目的に企画。「踊り始めは氏神さんから、ゆかた出したら國魂さんへ」を合い言葉に、今年も浴衣姿の高齢者から子どもまでが、一緒に踊りを楽しんだ。

  祭りには、かき氷や風船釣りなどの屋台も出て、舞台の上からは祝いの菓子撒きも行われ、訪れた客は昔懐かしい神社での夏祭りの雰囲気に包まれた。
  同神社の宮司・福岡哲司さんは「今年の祭りは子どもたちが主役になるよう、練習成果の発表の場となる踊りの時間を設けました。この祭りが子どもたちにとって良い思い出となることを願っています」と話している。



江戸時代のお金など紹介      
津市「一身田寺内町の館」      
7月末まで

  津市の「一身田寺内町の館」は企画展「江戸時代のお金」を開催中。展示は7月末まで。
  江戸時代には幕府が金・銀・銭の三貨を独占的に鋳造し、全国に流通。各地で貨幣の不足がみられるようになったため、次第に藩札と呼ばれる地域通貨を発行する藩が出現した。
  今回は県内各藩の津藩札、菰野藩札、桑名藩札、亀山藩札等を展示。江戸時代にはほとんどの藩で藩札が発行されたが、幕末期にはその数が多くなりすぎ、信用度の低いものも出てきたという。
  展示されている藩札には解説付き。藩札そのものも歴史を知ることで一味違った見方ができる。
  展示の中には文字がはっきりと確認できるものもあり、何が書かれているのか思わず覗き込んでしまう。
  同館では一身田寺内町の歴史・文化を紹介するため、写真解説パネルや一身田寺内町の復元模型を常設展示。県外や海外からの観光客が訪れている。
  問い合わせは同館=電話059(233)6666=まで。入場無料。

 
【ふるさとの逸品】
墨の伝統と新しい魅力を伝える      
鈴鹿市 「鈴鹿墨」

  経済産業省指定伝統的工芸品で、県の伝統工芸品でもある「鈴鹿墨」。鈴鹿市は奈良県とともに二大産地となっている。鈴鹿墨作りは、西暦800年頃に始まったといわれており、江戸末期から明治初期に最盛期を迎えた。
  しかし、中国産の普及や墨汁の利用などで、墨の需要が減り、実際に鈴鹿墨作りを行う伝統工芸士も今では、鈴鹿市寺家の「進誠堂」3代目の伊藤忠さん(40)=写真左=唯一となっている。

  墨作りに欠かせない膠(にかわ)と煤(すす)を扱う原材料屋も国内に各1軒ずつとなり、個性を出すのが難しくなってきている。そのなかで「違い」を生み出すのが職人の技なのだという。
  伊藤さんは、墨の伝統を守るとともに、より多くの人のニーズに応えられるような墨作りを目指している。より多くの人に墨を利用してほしいと、色の出る墨を開発するなど新しい挑戦にも余念がない。

  また、「鈴鹿墨を認知してもらいたい。本物の墨は、墨汁と違い筆を傷めないし、繊細な濃淡が出る。そういう墨の良さを知ってほしい」と、グループを募り、墨を無料で提供し利用してもらう活動や、その作品の展示会なども行っている。
  16・17日には、午前10時から四日市市安島の「じばさん三重」で墨の展示と実演、にぎり墨作り体験などを行う。問い合わせは同会場=0593(53)8100=まで。

  墨の魅力は、どれだけ時が経っても変色せず、いつまでも残ること。「作品を見た人がこれは自分が作った墨を使って書いたものだと、分かるような墨を作っていきたい」と伊藤さんは話す。
  墨の問い合わせは進誠堂=0593(88)4053=まで。

 

 

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