松阪市嬉野八田町の住民は、荒れ放題になっていた城山を2年前から奉仕活動などで整備し、高度成長時代に弱くなった地域住民の交流や自然とのふれあいを復活させている。4月3日には城山公園で、モチもちつき大会やみそ汁づくりなど食事会を中心にした「春まつり」を開催。旧嬉野町が平成13年から始めた「元気おこし事業」がきっかけで、生き生きとしたまちづくりが見事に結実した実例として、福井や長野など県外からも視察に訪れている。
嬉野八田町は、近鉄伊勢中川駅から数キロメートル西の中村川右岸に広がるのどかな田園地帯。南側の丘陵地に鎌倉時代に築かれた八田城の城跡があるが、雑木や竹が生えて荒れ放題になっていた。この八田城は相模から来た三浦五郎左衛門尉盛時が築いたといわれ、北畠氏に属していた十一代大多和盛成の時、織田信長の伊勢攻略で秀吉が攻めたが濃霧が発生して攻めきれず、後に和睦したため土塁がそのまま残っている貴重な城跡。
「元気おこし事業で、八田地区も何かを」と町役場からの働きかけがあり、地域住民の話し合いで城山の整備を進めることに決め、「八田地区元気おこしの会」が発足した。
城山は長く人の手が入っていなかったため道がなく、お年寄りや子どもなどが登れない状態だった。一般の人も気軽に登れるようにするため、まず道の整備から取りかかった。東側には孟宗竹の竹林があり、京都の嵯峨野をイメージした裏道を整備。城の正面にはあぜ道のような道しかなかったため、入り口まで約3メートル幅のコンクリート道路を整備した。
組織も元気おこし事業から八田城山公園保全会に改称し、道づくりで土塁などを壊さないよう「伊勢中世史研究会」の人たちを招いて歴史的価値などを勉強。重機を入れるのは入り口までとし、みんなが持ち寄ったチェーンソーで道の部分の木を切り倒し、草刈り機で下草を刈り、婦人やお年寄りらが草取りや木の枝などを運んだ。頂上の建物跡と見られる平地と道以外はできるだけ自然の木をそのまま残すように配慮。赤い花をつける自生のヤブツバキも多い。頂上には、城の庭に植わっていたと見られる桜の古株も残っている。
予算は、平成15年と16年に県と町で100万円ずつの計400万円。道路の整備などを業者に頼むと、とうてい足りないため、ほとんど住民の寄付や奉仕活動で行っている。
城山は、同所の出身で鈴鹿市に住む前田和実さん所有だが、同会が自由に使えるように無償で提供。また、城山の下にある田んぼや畑も近所の住民が会のために無償で提供している。同会有志が、メダカが住むビオトープを造ったり、畑を持たない振興住宅の人たちが自由に持っていけるように野菜を栽培。祭りの時の駐車場に使ったりしている。
同会には、八田地区(42戸)の全戸を上回る46人が入会。毎月第1日曜日に開かれる定期活動に常時二十数人が参加。山の草引きや枯れ枝の掃除、植樹などを行う。また、週2〜3回城山に集って世間話をしながら掃除をする仲良しグループもある。
同会副会長で当初から積極的に活動を行ってきた田畑正樹さん(65)さんは、「城山の西にも桜の古木がたくさんあり、昔の人が植えて花見を楽しんでいたようです。ここはこういう活動が好きな地域なのですよ」と誇らしげに語っている。
また、城山近くには戦争に行く人が植えたとされる高さ10メートルの「鎮魂のしだれ桜」があり、祭りが開かれる3日には満開になるのではと期待が寄せられている。
問い合わせは田畑さん=電話0598(42)5958=まで。 |