伊勢市神社港(かみやしろこう)のNPO法人「神社みなとまち再生グループ」(中村清理事長)はこのほど、かつて同地域で使用されていた
木造船「伊勢船型」を復元。13日には同港で試乗会も兼ねた完成披露式典を開催。関係者は“港町・神社港”復活への期待を寄せている。
再生へ新たな取り組み
江戸時代以降、伊勢神宮に船で参拝する参宮客が寄港する港として栄え、伊勢の重要な交通の要所として盛んに利用された伊勢市神社港。その後、時代の遍歴により、陸上交通が飛躍的に発達。同港は衰退の一途をたどり、軒を連ねていた港町の商店はほとんどなくなり、港は過疎化が進んだ。
この港を「まちづくり」によって再生したいと立ち上がったのが、NPO法人「神社みなとまち再生グループ」。同グループはこれまで、同港にまつわる歴史的資料の収集、地元の小中学生に向けたマリンスポーツの普及などに取り組んできた。
「もっと多くの人に、水辺に親しんでもらいたい」という思いから、同グループは市民や観光客が乗ることのできる、全長12.5m、船定員20人の伊勢にゆかりのある木造船「伊勢船型」の製作を計画。今年春には船の材料となる木材の切り出しを宮川村の山林で行い、木造船製造の技術を持つ4人の職人の手によって、神社港近くの造船所「出口造船」で製作を進めた。
木造船技術の伝承
昔から、木造船の設計図は詳細に記されず、「板絵図」と呼ばれる木の板に描かれた簡素な図面しか残っていない。木造船は職人の長年の経験や勘で作られてきたことが多い。そこで今回の造船ではその製作過程を映像とスケッチで記録。後世に木造船造りの技術が途絶えることの無いよう、木造船造りの資料として保存する計画だ。
「昭和30年頃までは、これぐらいの大きさの船は月に一隻以上は造っていた。今では船はFRP製のものばかりになってしまった。久しぶりに木造船を手掛け、懐かしい思いでいっぱいになった」と話す同造船所社長の出口元夫さん(81)。同船は「船くぎ」と呼ばれる造船用のくぎも当時と同じ製法・素材のもので復元。船の先端部は「伊勢船型」の特徴である「戸立て水押し(みおし)」と呼ばれる工法で平らに造られ、浅い川でも航行できるように船体も工夫されている。本来は手漕ぎの船だが、使用状況を考慮し、船外機一機が取り付けられた。
約3カ月の製作期間を経て、先月25日には同造船所内で進水式があり、同港内で試乗も行われた。航行上の法的な検査もパスし、今年のアテネオリンピック女子マラソン金メダリストで同市出身の野口みずきさんにちなみ、同船は「みずき号」と名付けられた。
今月13日午後1時30分からは同港で同船の完成披露式典を開催。餅撒きや試乗会も催される。試乗会は先着100人で当日午後1時から受付を開始する。問い合わせは同グループ=電話0596(36)3755=まで。
同船は今後、土日祝日のみの定期運行を行い、人と港を結ぶ存在として役割を果たしていく予定だ。
これからの夢と課題
伊勢湾内に建設中の「中部国際空港」の開港予定にあわせて、新空港と神社港間に「水上タクシー」の運行も決まるなど、徐々に活気を取り戻しつつある同港。しかし、伊勢市内から同港へと流れ込む勢田川の水質汚染の問題や、新木造船の管理運営費の問題など課題も多い。中村さんは「近くに下水処理場の建設も進んでおり、水質も改善されることを期待しています。水がきれいになれば、地元の住民も水辺に憩い、同船の需要も増えるでしょう。人々が地元の川や海の自然と、そこから生まれる文化に目を向けてくれるよう、これからも取り組みを続けていきたい」と話す。
【写真上から】進水式の後、試験運行される木造船。船大工らの匠の技により、現代に蘇った。▼出口造船所で完成披露式典を待つ船。先端部分が特徴である「水押し」になっている。手前は出口さん。▼グループ事務所2階には、木造船の模型や、当時使われていた貴重な船大工用具が展示されている。▼神社港内に木造船を繋留するため新たに造られた桟橋。防波堤の裏には、「海の駅」の建設も進む。
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