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近鉄鵜方駅から車で20分。太平洋に面したかつての漁師町・阿児町志島地区。
強い日差しが照りつける初夏に、のんびりと地域の名所・旧跡を訪ね歩いた。
志島小学校
志島(しじま)地域の人口は、平成10年の1055人から12年の1040人、14年の1015人、16年の984人と年々減少傾向にある。高齢化と少子化は同地域でも大きな問題だ。若者も外に職を求め、漁業を営む人も数える程になった。
志島小学校の全校生徒数は現在51人。今年度の新1年生は4人だった。「このまま流動がなければ平成20年には35人になる予測です」と大矢進校長。同校では学年を縦割りにした班編制を実施しており、上級生と下級生が密接に関わり合いながら学校行事に取り組んでいる。訪れた時間はお昼時。賑やかな音楽と共に掃除の時間が始まった。志島では子どもたちの笑い声が一層大切に感じられる。
明治から続く手仕事
小学校を出て向かったのは明治初期から地域で海藻食品の製造卸業を営む「有限会社マルモ商店」(西之浜茂衛門代表取締役)。6代目の西之浜茂俊さん(37)に案内されて工場内に入ると、新鮮な海藻の香りに包まれた。場内は乾燥させたヒジキから不純物を取り除く作業の真っ最中。手作業でゴミや質の悪い部分をはねていく根気のいる仕事だ。19歳の時からこの仕事を続けてきた西之浜ユリコさん(56)は、「海のゴミは昔よりも少なくなったが、近頃はどういう訳か髪の毛がたくさん混ざるようになった。目の疲れる仕事です」。同商店で手間暇かけて作られたこだわりのヒジキやアラメは、地域のスーパーなどでも販売されている。
弘法井戸へ
サーフボードを積んだ大型車が猛スピードで狭い道路を走り抜けていく。阿児町はサーフィンのメッカであり、ここ志島にも「市後の浜」という絶好のスポットがある。家々の屋根越しに海を見下ろしながら、「弘法井戸」を目指す。
弘法大師が村に授けたという井戸には祭壇が設けられ、綺麗に掃き清められていた。井戸の隣に住む廣舜策さん(71)に話を聞くと、以前は他にも仲井戸、小井戸という2つの井戸があったが、現在利用されているのは弘法井戸ただ一つだという。「志島から出る水は塩分が混ざってしょっぱい。水道がひかれる前は弘法井戸は真水が湧き出る数少ない井戸だった」と廣さん。今も弘法信仰と共に地域で飲用水として利用されている。更に詳しい話なら“生き字引”のおばあさんに聞くと良いという。廣さんが運転する軽トラックで狭い路地をぬって海岸へと向かった。
「その昔、弘法大師が訪れて、水のなかった志島に湧水を授けてくれた。以来、使えば使っただけ水が湧き出て、どんな干ばつでも一度たりとも水が枯れたことはない」としっかりとした口調で井戸の言い伝えを教えてくれた田畑はるえさん(88)。付近の木の葉一枚たりとも折ってはいけないというのが今も続く地域の決まりだ。今でも毎月一回、地域の人々が井戸に集まって、弘法大師に念仏を奉納している。
志島の古墳群
志島の特徴の一つに多くの古墳群がある。地域の代表的な古墳の一つ「おじょか古墳」は見晴らしの良い高台にあった。ここからは全国的にも珍しい紋様が施された「直弧紋埴製枕」が見つかっているが、訪れる人もないせいか、まわりは雑草に覆われて入り口も塞がれていた。
同地区自治会長の上村格也さん(64)宅を訪れて拝見した阿児町史によると、古墳群は主に5世紀末期頃のものとされている。阿児町では多くの古墳が発見されているが、特にここ志島では12もの古墳が見つかっている。「なぜ志島に古墳が集中してあるのかは全くの謎です」と上村さん。上村さんの案内で海辺にある「塚穴古墳」に足を運んだ。うっそうとした葦のトンネルをくぐると大きな石の下に暗い穴が口を開けていた。「私が子供の頃は、この葦の向こう側で遊んだものでした」という上村さん。いまその葦の向こうはすぐ海だ。数十年の年月に削り取られて海中に没した。この古墳もいずれ海に崩落するという。
志島の海女
時刻は午後3時過ぎ。迷路のような路地を海へと向かい海女小屋にたどり着くも、先方はまだ海の中だった。海女は朝早くに畑仕事を行ってから漁に出る。昼に一旦海女小屋に戻って休みをとり、もう一度午後に出漁する。ゆっくりと澄んだ海を眺めて過ごすうち、沖から小舟が戻ってきた。浜に引き上げられた舟はアワビやサザエといった高級海産物を満載していた。台風の影響でなかなか漁に出られず、一週間ぶりの出漁だったという。大漁に海女たちの顔も明るい。
志島の海女は現在8人。50〜60代の女性が中心だが、今年は一人30代の若い海女も加わった。最年長の仲井はつこさん(74)は、かつては仲間たちと長崎県など、県外にも出かけて海女としての生活を送ってきた一人。「海女は耳が遠くて言葉も荒いから無愛想と誤解されることも多いが、実際はみんな前向きで明るい者ばかり」と笑う。みな年齢が信じられないほど活力に溢れており圧倒される。「特別に」と頂いた焼貝は格別に美味しかった。
「志島は何もない所だから…」。地域を訪ね歩く先々で、そういって笑う住民の声を聞いた。しかし、まちを巡り人々と触れ合う中で、多くの土産を貰った気持ちで帰路に就いた。
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