|
下駄履きにどてらを羽織り、手には洗面器を抱え、向かうは横丁の銭湯。通り過ぎる商店街から流れるはクロスビーの“ホワイトクリスマス”。焼き鳥屋からは早くも上機嫌の笑い声…。やわらかい湯の香りが辺りに漂い始め、向こうから近所の棟梁が手ぬぐい、石鹸握りしめやってくる。さあ、角を曲がればもう銭湯だ…
興隆期の昭和30年代の面影を残し、今でも地元の人たちに愛され続けているお風呂屋さんを紹介します。建物の懐かしさだけでなく、日本人が忘れ去っていった“何か”がここにはちゃんと残っています。銭湯未経験のあなた、ぜひ、近所の銭湯へLet’s
Go !
【銭湯の歴史】
三重県公衆浴場業生活衛生同業組合(森下晃行理事長・93軒)の資料によると、銭湯のルーツは奈良時代の仏教の施浴に始まり、平安時代末期には銭湯のはしりともいえる湯屋が京都に登場。鎌倉・室町時代になると「功徳風呂」と呼ばれ庶民にも振舞われました。
現在の銭湯のスタイルが誕生したのは、天正19年(1591)。伊勢与一(伊勢出身)が銭瓶橋(現・東京都の江戸橋)のほとりで、入浴代を取り銭湯風呂をはじめました。当時の風呂は「戸棚風呂」といい、下半身だけ浸かり、上半身は湯気で蒸すというもの。上下の別なく裸の付き合いができる江戸庶民の憩いの場となりました。
明治・大正時代には、銭湯の構造が一変し近代化されていきます。板張りや木造の浴槽がタイル張りになり、昭和2年には、水道式のカランが設置され衛生面も向上します。その後の銭湯は、戦後の高度成長とともに増え続け、昭和40年代初めにピークを迎え、人々の生活スタイルの変化もあり、年々減少しています。
近年は、核家族化や人間関係の希薄な地域社会の中で、人間形成に大切な人とのふれあいの場、コミュニケーションの場として銭湯が見直されつつあります。
【銭湯で「ふれあい運動」実施中】
同組合では、子どもと地域の人たちとの『であい・ふれあい・かたりあい』の場として銭湯を利用してもらおうと「ふれあい運動」を実施中。各銭湯ではポイントカードを用意。銭湯に入り、両親や隣の人の背中を流してくれた子どもには番台でスタンプを押してくれます。スタンプが24個たまったら組合から賞がもらえます。期間は来年の5月31日まで。問い合わせは同組合=@059(228)4240=まで。
鈴木湯
創業以来、銅製ボイラーで
沸かすこだわりの湯
四日市市東富田町は、以前は漁師町としてにぎわいを見せたどこか懐かしい風情が残る町。ここで120年以上の歴史を重ねているのが「鈴木湯」です。ご主人の鈴木宏征さん(60)で5代目になります。
釜焚きには、今ではほとんど見かけなくなった銅製ボイラーを使用しています。燃料には馴染みの製材所から譲ってもらうヒノキのおがくずを使用。銅製は赤錆びがなく湯が汚れにくく、銅イオンが持つ脱臭効果もあるのが特長。「お客さんに『アンタのことの湯は他とちがうわ。なんで?』とよく言われます」と鈴木さん。
建物は昭和34年に全面改築し今に至っています。入口や脱衣場は直線が多用された素朴な作りで、機能美の中にレトロ感漂うデザイン。風呂場は近年改装し、ジェット湯などの他にラドン湯もあります。番台は照子夫人が担当。「いつものお客さんの顔がなかったりすると、今日はどうしたんだろうって。気にかけますね」。営業時間前になると、表におじいちゃん、おばあちゃんがチラホラ。足が遠いお年寄りには、やっぱり近所の銭湯が一番。
DATE
四日市市東富田町13−24
ヘ 16:30〜23:00
モ 休 2、7、12、17、22、27日
@ 0593(65)1048
昭和湯
昭和の初めに創業
城下町に残る郷愁の湯
神戸の「昭和湯」(伊藤祐司代表)が煙突から初めて煙をはいたのは昭和4年。城下町・神戸の古い町並みに見事に溶け込んでいる佇まいは昭和33年に建て直したときのものです。建築物として十分に価値があるもので、石を薄く削り石垣風に貼り込んだ目隠し壁や入口横にあるお手洗いはじつに個性的。脱衣場には木製のロッカーに傘立て、天井には大きなファン、床には脱衣篭…。まるで映画セットのように完璧なまでに昔が残っています。
井戸水で沸かす湯は、風呂を出た後も身体がぽかぽか暖かいとお客に好評。番台には祖母の千代子さん(82)とお嫁さんの一子さんが交代で座ります。「思い出深いのは伊勢湾台風。浸水した人たちに、ここ(脱衣場)で寝泊りしてもらいました。それとF1と8耐。一度に何十人も入りに来てくれた時期もありましたねぇ」と千代子さん。
DATE
鈴鹿市神戸2−2−45
ヘ 16:30〜22:00
モ 2、7、12、17、22、27日
@ 0593(82)0786
辰巳温泉
焼け跡に建った銭湯は
半泥子が名付け親
昭和27年、まだ焼け跡が残る伊勢の繁華街に「辰巳温泉」(馬場桂祐代表)は開業しました。材木商だった先代が職人2人を雇い、ヒノキを惜しげもなく使用して2年がかりで完成させた銭湯です。今でもツヤの出た床はきしみひとつせず、側面の白壁にはひび割れひとつない立派なものです。屋根に千鳥破風がついた入母屋造りの銭湯は県内では珍しく、間口の広い玄関の壁にはめ込んだ木製ロッカーなど、全体に広くゆったりとした造りが特長です。足腰の弱いおばあちゃんのため、入口にはスロープもついています。開業して最初のお客さんは、先代と交流があった百五銀行6代目頭取にして芸術をこよなく愛した趣味人、川喜田半泥子。「辰巳湯」(当時の屋号)の名付け親でもあります。
井戸水を沸かした湯は、燃料におがくずを使用。まろやかで身体があったまる湯として、お年寄りや飲食店のご主人が常連客になっています。また、はす向かいの伊勢国際ホテルと提携していて、入浴券を持った宿泊客も訪れます。壁にかかる海女と旅人などの錦絵やレトロな雰囲気に感激して帰っていくそうです。
DATE
伊勢市大世古2−8−4
ヘ 14:30〜23:00
モ 水曜日
@ 0596(28)3778
|