| 第2歩 「褒める」を楽しむ
相手のイメージに合った褒め言葉を、その都度選んで使う。それが日常的だということが実にすてきだなと思う。お世辞にしたって、単なる習慣にしたって、両者の間に褒め言葉がふわりと浮かんでいることには変わりない。 かといって、自分の周囲でそんな歯の浮くような言葉が飛び交う光景は想像しづらい。それなら「ハーイ、ビューティフル」の代わりに「そのシャツ、いい色ね」でもいいのではないか。「スウィーティー」と言わなくても「やさしいね」で十分だ。ある友人が、苦手だと思っていた仕事仲間からのさりげない褒め言葉が、二人の関係を変えるきっかけになったと話してくれたことがある。相手が誰であれ、相手に対してプラスのイメージを持った時は、心に留めずに伝えてみるといいのだろう。 誰しも「甘い言葉」を投げかけられて嫌な気はしない。ふと、その手の言葉に少しは縁があった若い頃のことを思い出した。「夢の分析」についての心理学の講義を聴き終えて教室を出ると、男友達が「昨日、君の夢を見たよ」と話しかけてきた。わざわざそれを報告しに来るとは、特別なセリフが聞けるのかしらとドキドキしていると「君がね、川で泳いでて『私はサカナよ、ホホホホホ』って言ってた。顔以外は魚でさー」と、彼。彼の夢の中で、私は人間ですらなかったことにがくぜんとした。どうやら、甘い言葉は待つものではないらしい。まあ、彼とはいい友達で、その会話の後も笑いながら一緒に次の授業へ向かったので、「サカナ」でも「半魚人」でも、当時の私は「変形型褒め言葉」として受け止めていたのかもしれない。「個性的」って褒められたと思っておこう…くらいに。〜私ってホント寛大だわ〜などと、たまには強引にでも、自分を褒めることにしている。 |