三重県の地域情報応援サイト RAKU/コラム001
第1歩

「学ぶ」を楽しむ。


  学生の頃、英語の勉強が嫌だった。なのに今、英語をやり直すために始めた「言語交換」にはまっている。「言語交換」とは英語を母国語とする人から英語を習い、代わりに日本語を教えるというものだ。私の相手は「いつか日本人になる」との野望を抱くアメリカ人のスコット。日々の雑感を、英語と日本語でメールに書いて彼に送る。お互いに文章を直したりもする。昔苦手だった英作文をしているのに、少しも嫌ではない。私にとって「教科」だった英語が、ようやく言いたいことを伝えるための便利なツールになりつつあるのかもしれない。
  スコットが久しぶりに日本に来たので、家族で伊勢神宮へ遊びに行った。前回彼が日本に来た時に買ったお気に入りの「クールな漢字入りTシャツ」を着てくるんじゃないかと心配だったが、無地だったので本当によかった。あのTシャツの大きな文字は「遊び人」なのだ。ところでその時、ツアー客らしい白人の集団を見かけた。「アメリカ人みたいね」と私がいうと、スコットは「いや、ドイツ人だよ」ときっぱり。真偽を確認するべく私たちは集団の近くへと忍び寄り聞き耳を立てる。そして彼らの言語は「英語」だと判明。「英語だねー」と私が言うと、彼は「やっぱりドイツ人だったじゃないか。ドイツ語なまりの英語だろ?」と澄ましている。こうこられると、返す言葉もない。英語はやはり遠い存在か。「昔の彼女がドイツ人だったんだから確かだ」などと力説する彼を見ながら、いつかブリティッシュイングリッシュで話しかけてやる、と私は心に誓った。
  一方、スコットも、日本語の語彙を着実に増やしている。警察官を見つけ「ケイサツ、ケイサツ」と幼児のように繰り返すのはかなり怪しいので止めてほしかったが、気持ちはわからないでもない。覚えた単語を実際に使ってみることこそ、語彙を記憶する最良の方法だと思うからだ。今度、彼が来日したら関西弁を伝授しよう。スコットはスラングを教えてくれるだろうか。試験にも仕事にも無縁な英語。強制力のない「学び」は楽しい。
  試験期間中の娘が、居間で英語の勉強をしている。時折「左脳が痛い!」などと勉強の苦痛を訴える彼女を尻目に、私は今日もジョークとおぼしき英文を、辞書を片手に解読する。