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Home > ローカルみえバックナンバー > 2004.4.8 > 1面
 
※掲載内容は取材時によるものです。詳細は各施設、店舗にお問い合せ下さい。

【1面】

ホタルで山里の風情を取り戻す
6年目迎え乱舞に期待

 松阪市茅原町の住民グループが、ホタルが乱舞する山里の風情を取り戻そうと5年前から河川浄化やゲンジホタルの幼虫の放流を行い、毎年開かれるホタル観察会は大勢の参加者でにぎわっている。今年は幼虫の飼育がまくいかず、放流ができなかったことから、観察会の開催が危ぶまれているが、「川に自然のホタルが育っていれば飛ぶ姿が見られるのでは」と活動の成果に期待が集まっている。

看板

 ホタルの里づくり活動を行っているのは、主に自治会長の中村明さん(71)、会長代理の上坂貢さん(67)、高橋清さん(66)、角谷吉久さん(65)の4人。いずれも企業や公務員を定年退職し、地域のために役立ちたいとの思いから活動を開始した。
 きっかけは5年前。茅広江公民館の館長から、「昔のようにホタルがたくさん見られるようにならないか」と相談を持ちかけられたことから。

浄化ボックスが設置された太田奥川

 まず、ホタルに詳しい同市の久保保育園の大西進園長を訪ねて勉強し、当地区を流れる櫛田川の支流の太田奥川にホタルの幼虫のエサになるカワニナを放流。
次にホタルを捕獲して水苔の中に卵を産ませ、孵化させてプラスチックの水槽で飼育。翌年の3月に3mほどの大きさに育った幼虫を、太田奥川に放流した。
ホタルが生息するには、川底に砂がありきれいな水が流れていることが条件となり、このため川の掃除や水質浄化も大切な仕事。森林ボランティアの「ぽんぽこ山」も協力して、炭を入れた多孔性コンクリートの浄化ボックスを設置するなど、2個所に浄化施設も造った。

新しく造った幼虫の飼育池と中村さん(左)、上坂さん

 昨年は特にホタルの幼虫の飼育がうまくいき、3月に地元の小学生の総合学習として約400匹を放流、6月の観察会には小学生や一般の人たち約200人が参加し、大盛況だった。
 しかし、今年は2月に幼虫がほとんど死んでしまって、放流ができなかった。幼虫の飼育を担当している上坂さんは「毎年同じようにしていてもうまくいく年と行かない年がある。自然が相手なので、難しい」と嘆く。
 ホタルの産卵から孵化まではそれほど難しくはないが、幼虫になってからが管理が大変という。孵化したばかりの小さな幼虫には、カワニナをすりつぶして与えなければならず、毎日水の交換も欠かせない。
 今年の幼虫がうまく育たなかった原因ははっきり分かっていないが、濁った川の水を入れたため、容器の砂の上に泥がたまり、酸欠状態になったのではないかと推測。
 これまで容器で飼っていた方法を改め、川から水を引き込める池を造り、生き残っていた30匹ほどの幼虫を移して飼育を続行。「うまくいけば、今年からこの中で育てたい」と新しい飼育法に意欲を燃やしている。

木の温もり生かした作業室が特長
共同作業所が移転して
「嬉野ゆうゆう」で発進

「嬉野ゆうゆう」

 施設の老朽化により嬉野町八田に移転、建設が進められていた心身障害者小規模作業所が先月末に完成、この2日から名称も「嬉野ゆうゆう」として新たにスタート。当面は職員3人が移ってきた通所者13人の指導にあたる。設置、運営はそれぞれ嬉野町、同町社会福祉協議会。
 敷地面積1932平方b、建物面積363平方bの同施設は鉄筋平屋建てで作業室2つ、陳列室、調理室兼食堂、和室、事務室から成る。特に作業室=写真下=は2室とも壁面や天井などに木の板をはめ込んであり、温かみを感じる室内に施してあるのが特長。陳列室は通所者が創作した作品などを展示したりするスペースで施設内で一番広い部屋になっている。

「嬉野ゆうゆう」中

 さる3月30日には、同町や地元の関係者約60人が出席して完成式典が行われ、笹井健司町長や来賓によるテープカット、祝辞があり、最後は出席者全員が万歳三唱で締めくくった。
 「新しい施設で汚すのがもったいないほど。今後は、古紙回収やダンボール組み立てなどの下請け作業以外にも通所者個々の能力を活かした創作活動にも力を注いでいければ」と新施設長の中西勲さん(52)は語る。
 同施設は昭和55年に「嬉野障害者と共に歩む会」として発足。昭和57年1月には同町権現前の旧青年研修所で作業所としてスタート。移転するまでの23年間をここで運営していたが、建物の老朽化が顕著で移転の話が進められていた。



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