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明治時代後期から昭和初期にかけて絵や風俗研究に尽力した岩田準一(1900−1945年)の功績を残すとともに、準一と交流のあった江戸川乱歩、竹久夢二、南方熊楠からの手紙などを展示する鳥羽みなとまち文学館「岩田準一と乱歩・夢二館」がこのほど、鳥羽市鳥羽2丁目にオープンした。
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岩田準一は明治33年、鳥羽市生まれ。中学時代には既に辰巳京太郎という号を持ち、竹久夢二風の絵を描き、後に夢二に師事。交流のあった江戸川乱歩の作品に挿絵を提供したり、鼎銀治郎の名で探偵小説や通俗読み物も書いていた。
さらに民俗研究の分野では、志摩地方の海女や「はしりかね」と呼ばれる船遊女をテーマに研究を行い「志摩のはしりかね」を著し、江戸川乱歩とともに十数年にわたって収集した文献は、「本朝男色考」として出版、仏・英語にも翻訳されている。
準一のライフワークともいえる男色研究では、高名な民俗学者の南方熊楠と10年間にわたって文通を続け、170通もの書簡が残っている。この中には巻紙で5・3bの長さになるものもある。
絵画は第二次世界大戦中に準一が自分の手で燃やしてしまい、現在残っている数少ない作品の一つが「絵入り万葉集」。大正12年、準一が23歳のときに描いた作品で、表紙を含め52枚の絵から構成されている。
展示されているのは、準一の描いた絵や書物、友人から届いた書簡などの他、大正時代ごろの生活道具、岩田商店として扱っていた雑貨など約150点。このほか準一が使っていた書斎や竈(かまど)、火鉢なども残っている。
文学館になった建物は、準一が人生の大半を過ごした住宅を、鳥羽商工会議所が市の補助を得て修復した。準一の次男で元神宮徴古館館長の貞雄さん(68)が所有しており、七年前から空き家になっていたが、観光客誘致の一助にと商工会議所の働きかけで文学館が実現した。
貞雄さんは「当初は東京など、こことは違う場所で考えていた。軸物や屏風など狭くて展示できない資料もたくさんあるので、今後はもう少し広いパノラマ館のようになれば」と抱負を語っている。
文学館を担当した鳥羽商工会議所の佐藤吉彦事務局長(45)は、「地域に埋もれている文化を掘り起こし、生活者の視点に立った博物館を整備することで、観光客の誘致に努めたい。今後も点から面へと広げて鳥羽の文化をめぐるコースを作っていきたい」と意欲を燃やしている。
開館時間は平日が午前10時から午後3時。土・日・祝日は午前10時から午後4時30分。休館日は火曜と水曜(祝日の場合はその翌日)。入館は無料。問い合わせは鳥羽市鳥羽2丁目5−2、同館=電話0599(26)3745=まで。
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